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妻への手紙(2)

 1年ぶりに海に行ってきたよ。いつもの由比ヶ浜さ。駐車場のあのおじさんに「今日はひとりですか」と言われて、「家内は死んじゃいましてね」と答えたら、あのおじさんの奥さんは若いときに子宮ガンを患ったけど、手術で治ったそうだ。いまも健在だと。
 いいなあ。うらやましいなあ。でも検診に行かなかった君と、無理やり検診に連れて行かなかった私の共同責任だから、誰も責めることはできないね。
 毎年、夏になると、海好きの私に引っ張られて、君も毎日のように由比ヶ浜に泳ぎに行った。変な夫婦で、子どもが小さいときは一度も連れて行かなかった。鎌倉の海は汚いと頑なに信じていたから。
 碧が家を出て行ってから、ふたりで行くようになった。君もボディーボードがずいぶんうまくなった。
 去年の夏は、もう君は海に入ることができなくなっていたので、私がひとりで行っていたけど、一度だけ付き合ってくれた。私が海に入っている間、ビーチのカフェでアイスティーを飲みながら新聞を読んでいた姿が思い出される。
 きょうは帰りに「志幸」でそばを食べた。君もあの店が好きだったね。でも、月曜定休であることを忘れて、二度も、月曜に行って、二人してがっかりしたね。仕方なく「麺好み」に行って、ふたりで顔を見合わせて、小声で「この店、まずいね」と言ったりした。
 
 ふたりでいっしょにいた場所に、独りで行くのは本当に辛い。
 でも、君にその思いをさせなくて済んだ、と考えるようにしよう。
 
 君は鮨が大好きで、鮨屋に行くのも好きだったから、私は君が死んでから鮨屋に行けなくなってしまったけど、この前、四十九日の法要が終わった後、碧と二人で力鮨に行ったよ。入院する前の週に、君は碧とふたりであの店に行ったんだよね。それが最後の鮨屋になったね。 
 きみは子どものころ、お勉強ばかりしていたから、子どもの遊びをあまり知らなくて、結婚してからいろんなことを覚えて、すごく楽しんでいた。
 最初は芝そり。まだ碧が2歳くらいのとき、ゴミ捨て場から畳んだ段ボール箱をもってきて、江戸川の土手で、親子3人ですべったね。
 次は凧揚げ。あの頃は月島のマンションの隣が空き地で、その空き地で正月に凧を揚げた。君は凧揚げ初体験で、興奮して、何度も「なんて楽しいの!」と繰り返していた。
 そしてスノーケル。初体験はハワイのモロキニ島だった。行きの船で、君は船酔いしてマクドナルドの紙袋を口に当てて、ゲーゲーやっていた。碧がそれをみて、なにかをないしょで食べているんだと思って、「ママ、ずるい、私にもちょうだい」と言っていた。
 ハナウマ湾でも、ニューカレドニアのイル・デ・パンでも、プーケットでも、ピーピー島でも、サムイ島でも、ジャマイカでも、スノーケルを楽しんだ。
 私は、ハワイ島のキャプテン・クック・モニュメントが最高だったな。
 
 帰りに、税務署にも行ってきた。やらなくてはならないことが膨大にある。でも、こればかりは誰にも頼めない。君が遺していった段ボール何箱もの書類は、まだ手つかずだ。今年の夏休み(最後の夏休み)は、その書類の整理で終わってしまうだろう。
 
 


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