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戦艦武蔵の最後

 きょうはゼミ生たちに家まで来てもらって、海外に寄贈する妻の蔵書の荷造りを手伝ったもらう。妻は膨大な蔵書を遺したが、英語の絵本は、フィリピンのミンダナオで子ども図書館を運営している松居友さんのもとに送ろうと思っている。
 段ボール箱11箱の発送準備ができた。これでもまだ遺された蔵書の全体の1割にみたない。もちろん私の蔵書はその何倍もある。
 
 学生たちをねぎらうため、鎌倉駅前で食事をおごり、帰宅したら、NHKテレビで「戦艦武蔵の最後」をやっていたので、つい観てしまう。
 あまりの面白さに、全身鳥肌が立つ。
 前にも書いたが、私の世代(昭和27年生まれ)は、「戦争物」で育った世代である。少年マガジンや少年サンデーの創刊当時の号をみればわかるはずだが、当時、マンガの主題の多くは戦争だった。最近、そのことが無視されているような気がするが、それは私の気のせいだろうか。私の世代は、ある意味では、軍国少年だった。
 だから、前にも書いたが、私は今でも、下らんとは思いながらも、戦艦大和の全長が263メートル、排水量は満載時72000トンであると、そらで言える。まったく無駄な記憶である。
 小学生のとき、戦艦大和やゼロ戦の絵を何百枚も描いたと思う。
 だから、戦艦大和の最後に関しても、戦艦武蔵の最後に関しても、すでに膨大な文献を読んでいる。
 昨年、ポール・アレン(マイクロソフトの共同創立者)が出資した探索チームが海底に沈む武蔵の残骸を発見したときには、本当にたまげた。
 今回の番組は、その映像を元に、武蔵の最後の様子をできるだけ忠実にCGで再現したものだ。観ているうちに、鳥肌が立ってきた。
 ご存じの通り、武蔵は大和のコピーである。タイタニックにも姉妹船が2隻あるのと同じ。最新の技術を投入して設計したのだから、一隻だけ作るのではもったいないのだ。
 
 大和の場合もそうだが、武蔵沈没の時も、要するに戦闘機の群れに襲われて、沈んだ。
 どうして日本の軍隊はあんなにバカだったのだろう。
 よく、海軍は陸軍よりもずっと進歩的だったといわれるが、そんなことはない。
 鎌倉時代に蒙古が攻めてきたとき、日本側は、武将が一人ひとり進み出て、「われこそは・・・なり。いざ尋常に勝負せん」と言って、一騎打ちをやったらしい。太平洋戦争のときも、まだその記憶が残っていたらしい。日本海海戦で勝ったことも影響しているのだろう。
 太平洋戦争のときには、すでに飛行機の時代だったのに、日本はせっせと巨大戦艦を建造した。戦艦どうしの一騎打ちを想定していたのである。バカだとしか思えない。大和や武蔵に群がるアメリカの戦闘機の群れをみていると、本当に情けなくなる。
 もっと飛行機に重点を移せばアメリカに勝てたかもしれない、などと言っているのではない。自分の国の愚かさがあまりに情けないのである。 


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